最近頻繁に耳にするこの【親ガチャ】と言う言葉、多分親になっていなかったらかなりネタに出来たであろう言葉。
いつのまにかガチャを回す方から回される方に変わっていた、私はどうしてもこの言葉が好きになれない…やはり自分に自信がないからに他ならないと思っている。
相対的
他の人や他の家庭と比べてしまう、これは人間なら仕方がない事なのかもしれないですよね。
「自分は自分だ!」
何て言ってる人が人一倍、人の目を気にしていたりする。人間である以上逃れられない部分かもしれません
うちの子供達も大きくなりそろそろ我が家の色々な部分を周りと比べ始めるてると思う…実際に会話の中でも少しずつそれを垣間見る事が出来る
- 経済的な部分
- 家族構成
- 親の職業
- 家
- 自分の容姿 親の容姿
どの項目を見ても、うちの子に「親ガチャに成功した」とハッキリ言わせる自信が私にはない。
子供は親を選べない…
自分も小さい頃「お金持ちの家に生まれたかった」と言った趣旨の事を母親に言い放った時があります。
あれがどれほどの致命傷を彼女に与えたか今になって初めてわかります。
小さい頃この言葉は無かったが間違いなく私は【親ガチャ】に失敗したと周りに言ってたタイプだと思う。
親になった今あの時母親に言ったことよりも、もっとひどいことをいつか言われる心構えだけはしておかなければならないと感じています
親
今になって言えることだが、自分自身は親ガチャに成功したのか?と考えると成功かどうかは正直わからないが良かったと思っているし、もう一回ガチャを回してみたいとも思わない。
こう言える時点で既に最高に幸せな親ガチャだったと言えます。
私は自分の子供に
「大成功じゃないけど別に良かったよ」
と言ってもらえたらもうそこで終わっても良いです。
だからそこを目指すことにします。
しかしながら親になる勉強は学校で教えてもらえるはずもなく、自分の親の育て方が無意識に現れてしまうもの…
理想の子育てを求めていても、気が付くと自分の親の好きじゃなかったところをきっちり踏襲していたりします。
私は父親が単身赴任でほぼ家にいなかったので余計に立ち居振舞いが分からなかったりしますが
「こんな親父がいたら楽しかったかも…」
位の考えで接してます。
今さら親のせいにしてはいけませんし、子供にこの人が親で良かったと思ってもらう為には、自分で接し方や子供にとってベストな発言を模索しなければいけません。
母親
私は職業柄20代から70代まで男女問わず様々な世代の人と話をする機会が多いのですが、皆さん母親と言う存在は特別なようですね。
悲しいかな父親の話はほとんど盛り上がりを見せません…。
一方母親の言葉やアドバイスに支えられてきたと言うような人は多いですし、女性ならば自分も子を持った時は母親のようになりたいという話を聞くことは多いです
男性もマザコンとか言う意味でもなく母親には悩みを相談しやすかったりする人が多いみたいですが
そうなるのは必然的かと。
実際に我が家を見てもそうなるのは当然だなと感じます、ハッキリ言って苦労のレベルが父親と違い過ぎます。
それはもう子供を産んだ瞬間からずっと続いてるように見えるわけで、父親の自分は何をしても所詮はお手伝いレベルを脱することは出来ません。
そりゃ世のお父さん「こっちは仕事してるから…」と逃げたくなるのもわかります。
母親は子供の変化に敏感で子供や家の事に関して休むこともないわけで、それに使う労力も凄いですからね、こうなってくると親ガチャの結果は父親がどうなのかと言う部分が大きいのでは?と考えて更なるプレッシャーを感じずにはいられないわけです…
子供
これは子を持つ方々なら共感してもらえると多少救われるのですが、私は子供に全く愛を持って接することが出来ない時期があったりします。本当に最悪だと自分でも思うのですが、子供が何か一生懸命話をしていても全く聞いていない時があったり会話をブツ切りする事もあります。近寄りたくないとさえ思う事も…
それが一日二日で終わるのならばまだいいのですが、結構長く続いてしまう事があったりします。食事の時も上の空で会話に全く参加しないなんて時もあるくらい。
でも敏感に子供は気付くんですよね…うちには小学生の娘が居るのですが、そんな私の様子に気付いているのかわざわざ話しかけてくるようなこともしないし、近付いても来ない。何かの拍子に、例えば動画等を見てて自分がたまに笑うと嬉しそうに飛んできます。
「何が面白いの?」って
その時、ハッ!と気付かされます。
自分家で最近笑ってなかったなと…
昨年末、相変わらず上手く愛情が表現出来てなく会話もろくにしていない時期、娘に「持久走大会はお父さんに見て欲しい」と母親経由で言われたので仕事を半休にして学校まで出向いたんですが、走りながら遠慮がちな笑顔でこっちに手を振る姿を見て
何故私はここまで気を使わせてしまっているのか…
そう思えてふがいない自分に恥ずかしさを覚え学校を出たら涙が止まらなくなりました、その後仕事に行ったんですけど半休した上に早退しました。
この子は親ガチャには成功してないけど、私の子ガチャは激レアなのかもしれません。
子供に勉強させられる事が多すぎます…。家の中でも家の外でも親が子供を見る以上に子供は親を見ているんですね。
まとめ
子供は色々なところから学び人間としてどんどん成熟していくのが見ていてもわかります。
反面親は子供以上に成長する速度が求められるかもしれません。何もしなければ子供のように成熟していく事は無いような気がします。お互いに成長し合っていく事でその距離感を保てれば子供に「親ガチャに失敗した」なんて言われないのかもしれないと私は思いました。
コロナの影響で家にいる時間も私たちの小さい頃とは比べ物にならない位多い今の子供達ですが、この状況を後に振り返った時に
「辛かったけど家族と一緒にいれて楽しかった」
そう思ってもらえる未来があると嬉しいですよね。
そのために今出来るベストを尽くしましょう
親ガチャのカプセル側になってしまった私は強く優しいレアガチャであり続けるため日々学んでいきたいと思います。
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